カイエ

雑感や仮想

悪夢

 女は悪夢を見やすい生き物である。これは仮説ではない。

 毎晩悪夢にうなされる女はたくさんいる。夢の中で精神的にしろ肉体的にしろ傷つけられた女は、はたと目覚めると涙を流している。この涙は嘘ではない。生ぬるさが目尻から耳の方へと伝うことを感じると、さっきまでの世界は夢でこの涙は現実のものであることがわかる。

 絹笠初江はそんな女の中の一人である。初江は夢で三度殺された。一回目は包丁で腹を刺されて、二回目は高層ビルから突き落とされて、三回目は自ら首を吊って。その三度の死の幻影は、共通して同様の帰結をもたらした。すなわち、死んだ瞬間、生き返ったのである。それはもちろん、目が覚めて現実の世界に尚も生きていたことを知ったという意味ではあるが、彼女は生き返ったのである。

 死から生への転化。これは夢によってしか経験できない。生から死への転化。これは誰もが一度、生の最期に経験するだろう。

 初江はこの悪夢を積極的にとらえることができない。なにしろ、夢であったとしても辛い経験であることに他ならないからだ。しかし、彼女は夢の中でのみ可能な経験を享受している。初江は目覚めるたびにこう思う。

「悪い夢。」

 この世すらも夢であったなら、死を恐れることなどないのだ。彼女はそれをまだ知らない。