カイエ

雑感や仮想

夏物語

以前はとても好きだった作家の長編小説。彼女の筆致で描かれる、繊細鋭敏な心象風景。呪いかのようにのしかかる哲学的問い。そして何よりも、なぜ創造しなければ無であったものを創造するのか、という生殖への懐疑。これこそが、私が彼女の小説、そして彼女自身に惹かれる理由であったと思う。

しかし彼女は結局子供を産み、フェミニストとして公に立ち、自分だけの内観の世界から、文字通り世界へと羽ばたいていこうとしている。

正直言って、長編ということもあるのか文体は緩慢で、下手な比喩が目立ち、冗長な小説だと感じた。最大の見せ場は夏子と善百合子との問答、というよりかは善百合子の一方的なアンチナタリズム語りであり、そこ以外はひときわいいところがあるわけでもない。

「忘れるよりも、間違うことを選ぼうと思います」

という言葉で終わらせないでそこでもっと深く潜ることができたら、潜らせてくれたならもっと面白かっただろうと思う。

この物語には、人が生まれて生きて、そしていなくなることの、すべてはなかった。