カイエ

雑感や仮想

白い箱

              重すぎた言葉を省みる夜には 遅すぎる祈りも少しずつ冷めていくから

              閉ざされた窓 彼は崩れていた 箱詰のあなたは 声もなく無垢な少女

              思い出す言葉も忘れていく夜には 残された僕らも涙すら乾いていくから

              閉ざされた窓 顔は笑っていた 箱詰のあなたは 息もなく無垢な少女

              閉ざされた窓 俺は歌っていた 箱詰のあなたは 夢をみる無垢な少女

 

4月18日に先生が亡くなった。先生が死んでから何度か先生について書こうと試みたけれど書けなくて、今日もやっぱり書けない(そのうちちゃんと書きたい)。先生は僕に哲学を教えてくれたし、それ以上に大切なことをたくさん教えてくれた。「白い箱」は先生の告別式に行った時のことを歌にした曲で、白い箱に入った先生は、綺麗にお化粧されて、かつらを被せられて、花に囲まれて、なんだかお人形さんみたいだった。本当は、痩せ細って、髪も抜けおちて、死んでしまっているはずなのに、なんでこんなにかわいい少女が眠っているのだろうと思った。闘病中に先生が送ってくれたメールは今でも見返すことができるし、先生が書いた論文も読むことができる。先生の文章は、明晰で、厳粛で、流麗で、美しい。でも、僕は、ユーモアがあって、痛いところをついてきて、それでもあたたかく優しい先生と話すことが一番好きだった。もう先生の窓は閉ざされてしまっていて、二度と開くことがない。末期がんで痛みを我慢しながら、無理して講義していた授業で、先生はデカルトの話をしていた。デカルトは死の間際、「さあ、出発だ」と言い残したらしい。先生の魂は今頃どこにいるのだろうか。あんなにスピリチュアルな人だったのに、霊になって現れることもないし、夢にさえ出てきてくれない。「白い箱」を歌い続けていたら、ふとライブを見に来て、「先生に対して、無垢な少女は失礼じゃない?」とか言いそうでちょっとそれはそれで怖い。いや、先生はクラプトンが好きだったから、「つまらない音楽ねえ」とか言いそう。ああ怖い。